女の命 私の髪の物語

私は、工業高校だった為髪の規定も厳しかった。

東京に上京したら「絶対に可愛い髪にしてやる」と思っていた。フッサ育毛剤

ある日、原宿の街を歩いているとキャッチのようなお兄さんに声をかけられ美容院でカラーをすることになった。

初めて美容院でしてもらったカラーは「ラベンダー」

とても清楚で可愛い印象だった。

次からもそこに通うことになるのだが私の髪の人生はそこで終わりを告げたのだった。

何度も何度もブリーチした髪はすぐカラーが落ちその度に高いお金をかけて通い、その繰り返し。

限界になった私の髪を休ませてあげようとそこには行かなくなった。

コンサートの前日。急にパーマをかけたくなった私は美容院に行きお願いした。

だが、ブリーチのしすぎでパーマをかけたとしても上手くいかないと言われてしまった。

しかも、言葉で説明されるだけでなく見えないように後ろの髪を切り、そこだけパーマをかけてもらった。

案の定、パーマはかからず変になってしまったので諦めがついた。

だが、またパーマをしたい欲が強くなり別の場所でかけてもらったのだ。

傷んだ髪にパーマをかけた私の髪はソバージュのようになりとてと恥ずかしく悲しくなった。

傷んでいた髪が前よりも更に痛めつけられただけである。

そこからトリートメントだけに専念した私だが1度死んでしまった髪はもう戻らないと何度も言われる。

今では、ドライヤーをすると髪が広がりアイロンをかけても移動中に取れ枝毛が酷く自分が嫌になる。

女の命と言われる髪の大切さを人生をかけて知った。